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静岡地方裁判所 平成8年(行ウ)5号 判決 1998年7月17日

原告

伊藤茂美

外一三名

右一四名訴訟代理人弁護士

藤森克美

大川隆司

被告

日本下水道事業団

右代表者理事長

定道成美

右訴訟代理人弁護士

川上英一

右訴訟復代理人弁護士

飯島康博

中久保満昭

右指定代理人

萩原寿夫

外一名

被告

株式会社日立製作所

右代表者代表取締役

金井務

右訴訟代理人弁護士

古曳正夫

田淵智久

今村誠

清水真

緒方延泰

被告

株式会社東芝

右代表者代表取締役

西室泰三

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

富田美栄子

被告

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

谷口一郎

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

廣田寿徳

島田邦雄

田路至弘

半場秀

田子真也

谷健太郎

本村健

被告

富士電機株式会社

右代表者代表取締役

沢邦彦

右訴訟代理人弁護士

成毛由和

成田茂

狐塚鉄世

石田英遠

藤田直介

日下部真治

戸谷博史

被告

株式会社明電舎

右代表者代表取締役

小島啓示

右訴訟代理人弁護士

奥原喜三郎

水谷彌生

河合敏男

河合信義

田中圭助

本藤光隆

馬越節郎

奥村裕二

喜多村勝徳

被告

株式会社安川電機

右代表者代表取締役

菊池功

右訴訟代理人弁護士

朝比奈新

右訴訟復代理人弁護士

長堀靖

被告

日新電機株式会社

右代表者代表取締役

安井貞三

右訴訟代理人弁護士

小原健

水上洋

田村公一

榎本哲也

被告

神鋼電機株式会社

右代表者代表取締役

西崎允

右訴訟代理人弁護士

入澤洋一

藤井文夫

池田健司

被告

株式会社高岳製作所

右代表者代表取締役

松永一市

右訴訟代理人弁護士

山近道宣

矢作健太郎

内田智

和田一雄

中尾正浩

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告らは、連帯して島田市に対し、二億二七五六万一四八○円及びこれに対する被告日本下水道事業団、同株式会社日立製作所、同株式会社東芝、同富士電機株式会社、同株式会社明電舎及び同神鋼電機株式会社は平成八年四月二六日から、同三菱電機株式会社、同株式会社安川電機、同日新電機株式会社及び同株式会社高岳製作所は平成八年四月二七日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

島田市は、被告日本下水道事業団(以下「被告事業団」という。)との間に公共下水道施設(島田浄化センター)の建設工事委託に関する協定を締結し、これに基いて、平成四年度に沈砂池管理棟電気設備工事(以下「第一工事」という。)、同五年度に水処理運転操作設備工事(以下「第二工事」という。)、同六年度に汚泥処理運転操作設備工事(以下「第三工事」という。)の各工事をそれぞれ委託したところ(以下委託にかかる合意を「委託契約」という。)、被告事業団は、第一工事について指名競争入札を経て被告株式会社日立製作所(以下「被告日立製作所」という。)を施工業者に選んで工事を発注し、第二工事及び第三工事については随意契約によりいずれも被告日立製作所を施工業者に選んで工事を発注した(以下発注にかかる契約を各工事に応じて「第一請負契約」ないし「第三請負契約」という。)。

原告らは、本件各工事について被告日立製作所が受注者となり被告事業団との間に各請負契約を締結することになったのは被告事業団を除くその余の被告ら(以下「被告会社ら」という。)の談合と被告事業団のこれに対する加功の結果であり、島田市は談合がなければ形成されたであろう価格と実際の落札価格ないし請負価格との差額相当額の損害を被っており、被告らに同差額相当額の損害賠償請求権を有しているところ、島田市は右損害賠償請求権の行使を違法に怠っていると主張している。

本件は、こうして原告らが地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づき、怠る事実の相手方である被告らに対し、島田市に代位して損害賠償を求めた住民訴訟である。

一  争いがないか証拠により容易に認められる事実

1  当事者

イ 原告らはいずれも静岡県島田市の住民である。

ロ 被告事業団は、日本下水道事業団法に基づいて政府及び地方公共団体の出資により設立され、地方公共団体等の委託、要請に基づき下水道施設の建設、設置の設計、工事の監督管理、施設の維持管理等を行うことを目的とする法人である。

ハ 被告日立製作所、同株式会社東芝(以下「被告東芝」という。)、同富士電機株式会社(以下「被告富士電機」という。)、同株式会社明電舎(以下「被告明電舎」という。)、同神鋼電機株式会社(以下「被告神鋼電機」という。)、同三菱電機株式会社(以下「被告三菱電機」という。)、同株式会社安川電機(以下「被告安川電機」という。)、同日新電機株式会社(以下「被告日新電機」という。)及び同株式会社高岳製作所(以下「被告高岳製作所」という。)はいずれも被告事業団発注に係る電気設備工事の請負等の事業を営む会社である。

2  地方公共団体と被告事業団との契約の手順

被告事業団は、建設大臣の許可を受けて定められる業務方法書に従って地方公共団体等からの下水道施設の建設等の委託業務を処理する。被告事業団が地方公共団体から下水道施設の建設を委託された場合には、先ず委託地方公共団体との間に委託協定を締結する。委託協定は、目的、委託業務の内容及び範囲、業務の開始及び完了の時期、費用の額及び受領の方法、業務完了後の措置等を定める。委託協定は基本協定と年度実施協定にわかれる。前者は、数年次にわたる建設工事の全体について委託する趣旨を明らかにし、委託の範囲、完成予定年度、予定概算事業費など基本的事項を定める。年度実施協定は、各年度の予算の範囲内において、当該年度に発注する工事の内容、費用の額、支払方法など実施細目を定める。委託協定には費用の額およびその受領方法が明記されなければならない。被告事業団が委託地方公共団体から支払を受ける費用は、①工事の施行に直接必要な工事請負費、原材料費その他の工事費、②工事の監督、検査その他工事の施行のため必要とする人件費、旅費及び庁費、③建設業務の処理上必要とする一般管理費、④その他建設業務の処理に伴い必要を生じた費用であり、このうち①は被告事業団が工事を請け負わせた業者に支払われる費用に該当し、②及び③を一括して管理諸費と呼び、被告事業団が取得する。管理諸費は受託金額に応じて同一年度内の実績に応じた一定の割合で支払うべきものとされている。

一般的に、地方公共団体が基本協定を実施に移すために年度実施協定を締結する手順は次のとおりである。まず、①地方公共団体は事業団に対し事業概要を示す、②これに対して事業団は概要に示されたそれぞれの工事について概算予定額の積算をする、③地方公共団体は概算予定額の積算に基いて国に対し国庫補助金の請求をし、その内示をまって事業団から提出された設計書を建設省で承認を受けた設計標準に基いて設計されているかどうかを確認する、④合わせて地方公共団体は国庫補助金の交付申請をし、その交付決定を受けた後に県の事業実施承認を受ける、⑤これらが完了すると事業団との間に年ごとの実施協定を締結する。

被告事業団は、受託した建設工事を工事施工業者に請け負わせるときは、一般競争入札によるべきであり、契約の性質又は目的により競争に加わるべき者の数が少数で、一般競争入札に付する必要がないとき、一般競争入札に付することが不利と認められるとき及び事業団の事業運営上特に必要があるときは指名競争入札に付するべきこと、契約の性質又は目的が競争を許さないとき、緊急の必要により競争に付することができないとき、競争に付することが不利と認められるとき等には随意契約によることができることを会計規程に定める。

被告事業団が受託した建設工事が完了したときは、委託した地方公共団体に対し、完成調書を提出してその認定を受け、工事費及び管理諸費について、協定額、建設工事の種別ごとの工事契約額、支出額、支払額、支払資金その他の事項の精算報告を行う。

3  本件各委託契約及び各請負契約

イ 本件基本協定

島田市は、平成三年五月二〇日(議会の承認は同年六月一八日)、被告事業団との間で、公共下水道施設である第一工事ないし第三工事にかかる基本協定(以下「本件基本協定」という。)を締結し、被告事業団は平成三年度に建設工事に着手し、平成七年度に完成させるべきこと、概算事業費を総額三八億円とし、その範囲内において各年度に行う建設工事の内容及びその範囲、費用、施設の引渡等について各年度毎に実施協定を締結すべきこと、設計内容の変更、資金や物価の変動等により事業費を変更する必要が生じた場合には両者の協議に基づく変更協定に従うべきこと、被告事業団は島田市が毎年度予算に計上する範囲内において、年度実施協定に定めるところにより、島田市が指示する設計書に従って建設工事を行うべきこと、島田市は建設工事に要する費用を実施協定で定めるところにより被告事業団に支払うべきこと、被告事業団が建設工事に関し建設業者と工事請負契約を締結したときは速やかに島田布にその概要を通知すべきこと、島田市長は建設工事の施工に関し必要があると認めるときは、被告事業団に報告を求めることができること等を合意した(甲5、6、)。

ロ 年度実施協定

島田市は、本件基本協定に基き、被告事業団との間で、平成四年七月九日に平成四年度の年度実施協定(同年一〇月一九日に水処理設備の増加等に伴って建設工事費用が一三億九九〇〇万円から一八億九七〇〇万円に増額変更され、平成五年一月二八日に一八億九七〇〇万円から一八億三三〇〇万円に減額変更されている。)を締結して第一工事を委託し、平成五年七月二日に平成五年度の年度実施協定(平成六年二月四日に工事内容の変更等に伴って建設工事費用が一五億六七七〇万円から一六億〇二二〇万円に増額変更され、同年三月一六日に国庫補助金対象額と債務負担行為額との振分けについての変更がされている。)を締結して第二工事を委託し、平成六年八月三一日に平成六年度の年度実施協定(同年一〇月三一日に建設工事費用が七億二一○○万円から七億四〇〇〇万円に増額変更され、平成七年六月二三日に七億四〇〇〇万円から七億二八○○万円に減額変更されている。)を締結して第三工事を委託した。

ハ 費用の前払いと精算

各年度実施協定は、島田市は、被告事業団との協議により定めた資金計画に基づいて、被告事業団の請求により所要金額を前金払いすること、被告事業団は建設工事が完成したときは、「年度完了精算報告書」をもって、請負額、実施協定に際し算定した事務所維持費、管理諸費を明らかにして費用の精算を行うべきことを定めている(乙二、甲六、七、八)。

二  本件各請負契約

被告事業団は、第一ないし第三工事のうち電気設備工事について、建設省で制定した電気設備工事費積算要領及び同積算基準に基いて被告事業団が作成した工事費積算基準により設計し、第一工事については指名競争入札に基いて平成四年一一月二六日に被告日立製作所との間で工事請負契約を締結した。被告事業団と被告日立製作所とは、平成六年三月七日、第一工事の請負金額を二億三六二八万二〇〇〇円に変更するとの合意をした。第二工事及び第三工事については、第一工事と関連する継続工事であるところから、日本下水道事業団会計規程五五条四項三号(競争に付することが不利と認められるとき)及び同実施細則四七条二項一号(現に契約を履行中の工事、製造又は物品の買入に直接関連する契約を、現に契約を履行中の契約者以外の者に行わせることが不利と認められたとき)の規定に基いて、随意契約によりそれぞれ平成五年八月一七日及び平成六年一二月一九日に、いずれも被告日立製作所に発注した。被告事業団と被告日立製作所とは、このうち第二工事について、平成七年三月一六日、設計内容の変更に伴って、請負金額を当初の五億二九四二万円から五億三二五一万円に変更するとの合意を、また、第三工事について、平成七年九月二八日、設計内容の変更に伴って、請負金額を当初の二億六二六五万円から二億六九〇一万五四〇〇に変更するとの合意をした。島田市は、被告事業団の請負に基づき請負代金額合計一〇億三七八○万七四〇〇円を支払った。

各工事ともそれぞれ完成の上、第一工事は平成六年三月二四日に、第二工事は平成七年三月二九日に、第三工事は平成七年一〇月四日に、施設の引渡がなされた。精算はそれぞれ第一工事については平成六年三月三一日に、第二工事については平成七年三月三一日に、第三工事については平成八年三月二九日に、それぞれなされた。

4 独占禁止法違反事件及び関連する新聞報道等

公正取引委員会は、被告事業団が発注する電気設備工事の請負業者である被告日立製作所、被告東芝、被告三菱電機、被告富士電機、被告明電舎、被告安川電機、被告神鋼電機、被告高岳製作所、被告日新電機の九社に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反被疑事件について審査を行い、平成五年度にかかる行為について同法違反の事実があったとして、平成七年三月六日に九社を、同年六月七日には九社の従業者一七名及び被告事業団の前職員一名を検事総長に告発した。また、同年七月一二日には、平成四年度及び平成五年度に係る行為について課徴金納付命令を発布し、被告事業団に対しては、入札における独占禁止法違反行為の再発防止の徹底について要請した。遅くとも同年七月二四日には、島田浄化センターが右課徴金納付命令に関わる談合にかかる工事対象であることが公正取引委員会審査部を介して一般の弁護士にも容易に知られるところとなっていた(丁一)。

これに先だって、平成六年中には、複数の全国紙が、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで被告事業団を立入り検査する等の事実を報じたのを初めとして、以後本件被告らを含む電機メーカーが各地の地方自治体発注にかかる上下水道の処理システムの入札において談合をしていたとの疑いに関わる事実が頻繁に報道されるようになり、課徴金納付命令が発せられたことも直ちに広く報じられた。

5 監査請求の経緯

原告らは、平成七年一一月二七日、島田市監査委員に対し、被告らの談合という共同不法行為により島田市が被った損害の補填を被告らに対して請求するように島田市長に勧告することを求めて監査請求をした。その趣旨は次のとおりである。すなわち、島田市は被告事業団に対し、①平成四年度に島田浄化センター沈砂池、管理棟電気設備工事(その1受電設備)を、②平成五年度に同工事(その2水処理運転操作設備)を、③平成六年度に汚泥処理棟電気汚泥処理運転操作設備工事を各委託した。被告事業団は、これらの工事を指名競争入札の方式により発注し、これを落札した会社との間で工事請負契約を締結した。ところで、被告事業団発注にかかる電気設備工事に関しては、被告会社らが談合組織を結成しており、右各工事についても談合を行った。もし受注業者間に公正な競争が確保されていれば、契約金額は実際の価格よりも二〇パーセント以上低くなったはずである。被告会社らと被告事業団とは談合という共同不法行為により契約金額を不当につり上げて工事委託者として最終的に契約代金を負担した島田市に対し、右差額相当の損害を与えた。島田市長は右不法行為に基づき島田市が取得した損害賠償請求権に関し、不法行為者に対して請求をし、島田市の被った損害を回復する措置を講ずる責任があるのにこれを怠っている、というのである。これに対して同監査委員は、被告事業団が電気設備業者に発注する場合には建設省で制定した電気設備工事費積算要領及び同積算基準に基いて被告事業団が作成した工事費積算基準により適正に積算された設計金額から求められた予定価格以下でなければ契約できないこととしていることから、談合があったとしても、これにより落札価格が不当につり上げられたとは断定しにくい、島田市による設計書の審査は適正に行われている、会計検査院による被告事業団の本件電気設備工事にかかわる検査の結果なんらの指摘もなされなかった、などの理由により、平成八年一月二四日に同監査請求を棄却し、その頃原告らにその旨通知した。

二  原告らの主張

1  被告らの談合

被告会社らは、かねてより被告事業団発注にかかる電気設備工事に関し、同一年度内に発注が予定されているすべての工事の受注予定者を一括して決定する方式の談合をしていた。談合は、①毎年三月に会合して談合ルールを確認し、②毎年六月の会合で新件工事受注予定者(以下このようにして定められた業者を「本命業者」ということがある。)を決定し、③その後各工事の発注までの間に①②の決定事項を遵守するために諸々の措置(例えば受注予定者である被告会社から他の被告会社への入札価格の指示など)をとることを含み、継続工事については、従前の受注業者が継続受注すること、被告事業団が従前の受注業者と随時契約を締結することに他の被告会社は干渉しないことなども合意されている。

そして、被告事業団の工務部次長は、被告事業団が当年度において発注する予定の電気設備工事全部のリストを各工事の予定金額とともに被告会社らで構成する九社会の幹事に教示して談合の成立を促進しただけでなく、その後正式な予定価格が決定するとその金額をも教示して本命業者が予定価格一杯の価格で落札することを可能にしたものである。

談合により被告事業団が発注する電気設備工事に関しては受注競争は排除され、事実上本命業者のみが被告事業団の契約の相手方となり、しかも本命業者に対しては予定価格が教示される結果、本来は競争により形成されるべき価格の上限を意味する予定価格がほぼそのまま落札価格となる。

2  談合に基づく各工事の受注

イ 第一請負契約

新規工事である第一工事のうち電気設備工事は、平成四年一月二五日に被告日立製作所、同高岳製作所、同東芝、同富士電機、同三菱電機、同明電舎、同安川電機の七社が指名競争入札し、同年度の前記趣旨の会合により合意したとおり受注予定者である被告日立製作所が二億三六九〇万円で落札し、同年一一月二六日に被告事業団との間に工事請負契約を締結した。平成六年三月七日に両者の間で工事請負金額を二億三六二八万二〇〇〇円に変更する契約を締結した。

ロ 第二請負契約

第一請負契約にかかる電気設備工事の継続工事を目的とする第二請負契約は、平成五年八月一七日、日本下水道事業団会計規程(以下、「会計規程」という。)五五条四項三号(競争に付することが不利と認められるとき)及び同実施細則(以下、「実施細則」という。)四七条二項一号(現に契約を履行中の工事、製造または物品の買入に直接関連する契約を、現に契約を履行中の契約者以外の者に行わせることが不利と認められたとき)の規定にあたるとの判断のもとに、随意契約により被告日立製作所に発注され、同被告との間に請負金額を五億二九四二万円とする工事請負契約が締結された。また平成七年三月一六日に両者の間で工事請負金額を五億三二五一万円に変更する契約が締結された。

ハ 第三請負契約

第一請負契約及び第二請負契約にかかる電気設備工事の継続工事を目的とする第三請負契約は、平成六年一二月一九日、第二請負契約におけるのと同じ判断に基づき、随意契約により被告日立製作所に発注され、同被告との間に請負金額を二億六二六五万円とする工事請負契約が締結された。また平成七年九月二八日に両者の間で工事請負金額を二億六九〇一万円五四〇〇円に変更する契約が締結された。

3  被告らの責任

島田市と被告事業団との本件基本協定上の関係は、公的規制を受けた委任契約であり、島町市は被告事業団に対し適正な価額で工事請負契約を締結し、これを遂行することを求める権利を有し、被告事業団は島田市に対し、善良な管理者として建設工事請負の有資格業者による競争入札を行った上で、最低価格落札者との間に工事契約を締結し、最善の施設を作る義務を負う。また、本件のごとき下水道電気設備工事については、少なくとも指名競争入札に付すべきことは公の秩序に属する。被告事業団はこの義務に違背して工事請負金額を被告会社らに通報し、被告会社らの談合行為に加功し、請負契約の金額を島田市が予定する最高限度額に誘導した。また、被告会社らは被告事業団の加功を得て、不当な取引制限行為を行った。

前記第二請負契約、第三請負契約は随意契約であるが、その場合であっても、複数の業者から見積りを取ってはじめて競争性が確保されるのであるから、発注者は始めから契約の相手を任意の一社に絞ることは許されない。ところが、毎年三月には被告会社らが会合し、前記談合の趣旨に従い、本命業者に不利な見積りをするなどの干渉を相互に避ける旨の合意をしている。また被告事業団は、第二請負契約及び第三請負契約が会計規程五五条の要件に該当するものとは言えないにも関わらず随意契約により発注し、または先行工事の受注業者以外の業者から見積書を徴することを怠った。

こうして被告会社らの談合担当者と被告事業団の工務部次長とは共同して本件各工事の契約締結にかかわる自由競争を排除し、契約価格を予定価格の限度一杯まで誘導するという不法行為を行ったものであり、被告会社ら及び被告事業団は民法七〇九条、七一五条、七一八条に基づき共同して島田市の被った損害を賠償する責任を負う。

4  島田市の損害

被告会社らによる談合が存在せず、第一請負契約ないし第三請負契約が入札方式によるか、あるいは随意契約によるとしても複数の業者による見積合わせをするかして、公正な競争が維持されていたならば、本件各工事の請負金額は少なくとも二〇パーセントは低下していた。入札談合によって形成された被告事業団と被告日立製作所との請負金額は島田市が被告事業団に対して終局的に負担すべき委託料にそのまま反映し、島田市が被告事業団に支払うべき全体としての委託料は実際の請負金額に連動して授受されるものであるから、請負金額が低下していれば当然に委託料もその分低下していたはずである。島田市は、各工事の委託料総額一〇億三七八○万七四〇〇円の二〇パーセントにあたる二億〇七五六万一四八○円の損害を被ったということができる。

この損害は、各請負契約の締結により被告事業団が被告日立製作所に対し各請負契約所定の工事代金支払債務を負担し、島田市がその限度で被告事業団に対する前払金精算請求権を失ったことにより、被告事業団と被告日立製作所との間に請負契約が締結される都度、その時点で発生した。

原告らは、本訴の遂行を原告ら代理人に委任したところ、原告ら代理人弁護士に対し報酬を支払う義務があるが、その額は同損害額の約一〇パーセントの二〇〇〇万円が相当である。

5  結論

よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づき、島田市に代位して被告らに対し、共同不法行為による損害賠償として原告らの請求欄記載の金員の支払を求める。

三  被告らの本案前の主張

1  本訴は適法な監査請求を経ていない

イ 監査請求制度

住民監査請求及び住民訴訟の制度は、地方公共団体の財政の適正な運営を確保し住民全体の利益を擁護する見地から、当該地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法もしくは不当な財務会計上の行為(以下「財務会計行為」という。)又は怠る事実について、監査委員に対し、その監査と是正等の措置を求める権能を住民に与え、監査結果に不服のある住民に対して更に訴訟によって適正な措置をなすべきことを求めることを許したものである。住民は、監査請求をするに際しては、当該監査請求において監査を求める財務会計行為等を他の事項から区別して特定認識できる程度に違法若しくは不当な行為として特定すれば足り、それ以上に詳細な事実を摘示する必要はない。まして、財務会計行為が違法若しくは無効であることを理由とする請求権を他の請求権から区別して特定できるように摘示する必要などない。監査委員も、監査請求の対象が特定された以上は、監査請求をした住民の違法、不当の主張や証拠資料の異同、区別にかかわらず、違法、不当とされた財務会計行為または怠る事実全体について監査すべきである。こうして特定の財務会計行為について監査請求を経た住民が、監査の結果に不服があれば、住民訴訟を提起することができるし、当該訴訟において監査請求の際に主張した事由以外の違法事由を主張することも禁ぜられない。

反面、いったん違法又は不当な財務会計行為または怠る事実が特定された以上は、当該事実関係から生ずるあらゆる請求権は同時に監査の対象とされるべきであり、監査請求期間も同時に進行する。特定の財務会計行為の違法として監査請求しうるのに、あえてその結果として生ずる請求権の不行使をとらえて財産管理を怠る事実として構成したとしても、これによって監査請求期間は影響を受けることがなく、右特定の財務会計行為の時を基準として監査請求期間が進行すると解すべきである。

例外的に、請求権を発生させる財務会計行為が存在せず、そもそも監査請求する余地がないという場合には、普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして地方自治法二四二条一項の規定による住民監査請求をするほかない場合がある。そうでなしに、一般的に当該行為の違法性を実質的に問題とするものであるにもかかわらず、当該行為の違法を直接主張する代わりに、当該行為のなされたことによって発生する請求権の不行使を財産管理を怠る事実として構成することにより監査請求期間の制限免れるとすれば、実質的に当該行為の効力をいつまでも穿鑿しうることになり、行為の法的安定を図ろうとする法の趣旨に反することにもなる。

また、財務会計行為の違法又は無効に基づいて発生する実体法上の請求権が存する場合に、当該財務会計行為の後にこれに基づいて別個の財務会計行為が行われ、先行する財務会計行為の違法又は無効事由と同趣旨の違法又は無効事由に基づいて実体法上の請求権が発生するからといって、新たに別個の監査請求期間の規制に従うとすべきではない。後行する財務会計行為に基づく請求権は先行する財務会計行為の違法に基づいて発生しているのであるから、監査請求期間は先行する財務会計行為の時から進行すると解するのが相当である。当初の違法行為の時から一年を経過しているにもかかわらず、その後に実質的に同一の違法について主張を許すことになれば監査請求期間を定めた趣旨に反するからである。

また、右のとおりの住民監査請求及び住民訴訟制度の趣旨からすると、財務会計行為が客観的に違法、不当であれば、職員の故意、過失にかかわらず監査請求によりその是正を求めることができるものであるから、監査請求期間も違法、不当な財務会計行為がなされた時から進行し、地方公共団体の職員の知、不知を基準としてその期間が変わるものではないと解するべきである。そして、監査請求による是正の余地の有無という見地からは、行為の瑕疵は違法であれば足り、無効であることを要しない。職員の知、不知による公有財産管理の困難(損害賠償請求の困難)というような事情は、地方自治法二四二条二項の正当な理由の有無という見地から考慮すれば足りる。もし、当該職員の主観的事情を考慮して監査請求期間が実質的に変わるものとすれば、悪意の職員による違法な財務会計行為に基づく怠る事実が是正の対象から免れ、善意の職員の行為に基づく怠る事実はいつまでも是正の対象となって残るということにもなりかねない。行為の瑕疵の程度についても、原因となる財務会計行為について監査請求をする余地があったかどうかを問題とすれば足りる。

もっとも、当該財務会計行為が存在しても、当事者間に紛争が存在し、後になって請求権の額が確定する等の事情があり、直ちに請求権を行使することができないということもあり、その場合にはなお債権の確定時を基準とすべき余地があるが(最高裁平成九年一月二八日判決・民集五一巻一号二八七頁)、行使することができないかどうかは、地方公共団体の知、不知に関わらず、これを行使するにつき法律上の障害もしくはこれと同視できるような客観的障害があるかどうかで判断すべきものであり、単に主観的な事情により行使できないことをもって起算点を遅らせることを許すべきものではない。

ロ 原告らの主張する請求権は違法な財務会計行為に基づく

原告らは、被告らが受注調整を行い、これにより島田市に損害が発生したと主張する。そうだとすると、以下のとおり、被告事業団と被告日立製作所との間の請負契約を前提として行われた一連の行為はいずれも違法な財務会計行為ということができる。

先ず、原告らは当初、島田市は被告事業団との委託契約ないし年度実施協定にもとづき、被告事業団に対し、適正な手続を履践し、適正な価格による工事請負契約を締結、遂行することを求める権利を有しているところ、被告事業団と被告会社らとの間では、談合ルールによって当該工事の受注予定業者を定め、自治体が設定する予定最高価格で落札することが予定ないし決定されており、被告事業団には、会計規定に従った競争入札を施行する意思がまったく存在せず、かえって島田市の予定最高価格を業者に教示して、その額をもって請負契約を締結していたのであり、工事価格を引き下げる努力を当初から放棄していた、と主張していたところである。そうだとすると、基本協定及びこれを受けて各年度の工事にかかわる支払額を定める年度実施協定自体が詐欺による違法、無効な契約ということになり、かつ、その段階ですでに損害が発生していたと見るのが相当である。原告らの主張する第一請負契約に係る平成四年度の実施協定は平成四年七月九日に、第二請負契約に係る平成五年度の実施協定は平成五年七月二日に、第三請負契約に係る平成六年度の実施協定は平成六年八月三一日に、それぞれ締結されている。

次に、島田市と被告事業団とは、被告事業団と被告日立製作所との請負契約を受けて年度実施協定の変更協定を締結している。すなわち、第一請負契約は平成四年一一月二六日に締結され、平成五年一月二八日に年度実施協定の一部変更協定を締結し、代金額を変更した。島田市の支払額が被告らの受注調整の影響を受けているとすると、右の変更協定による代金額の変更は被告事業団と被告日立製作所との間で締結された請負契約により定められた請負金額を前提とし、その影響を受けていることになり、違法、無効な契約ということになる。第二請負契約は平成五年八月一七日に締結され、平成六年二月四日には年度実施協定の一部変更協定を締結し、代金額を変更している。同じくこの変更協定も、違法、無効な契約ということになる。なお、第三請負契約は平成六年一二月一九日に締結され、平成七年六月二三日に年度実施協定の一部変更協定を締結しているが、金額を減額したものであり、新たな違法行為はない。

さらに、島田市は、被告事業団と資金計画を協議して定め、所要金額を決定し、支払うものとされている。この所要金額の決定は被告事業団と被告日立製作所との請負契約によって金額が確定するのを受けてなされるものであるから、この決定も違法、無効な財務会計行為にあたる。

最後に、委託料の支払自体も、被告事業団と被告日立製作所との請負契約を受けてなされる違法、無効な財務会計行為である。

島田市のこれら財務会計行為は右のとおり違法、無効なものであるが、さらに次のとおりの瑕疵がある。第一に右の財務会計行為は、地方公共団体の経費はその目的を達成するために必要かつ最少の限度を超えてこれを支出してはならないとする地方財政法四条に違反する。しかも、原告らの主張によれば、島田市は不当な取引制限により不当に高額の債務を負担したというのであるから、右債務負担行為は独占禁止法に違反するものであり、結局強行法規違反かつ公序良俗違反の瑕疵を帯びている。

次に、原告らの主張によれば、島田市の契約の相手方である被告事業団も違法な受注調整に加担して、本来であれば被告事業団とメーカーとの間に競争入札による請負契約が締結されるべきところ談合によりメーカーとの間の請負価格を不当に高くしたことを秘して不当に高い価格で委託契約を締結したというのであるから、右契約は強行法規違反かつ公序良俗違反であって無効か、そうでなくとも取り消しうべきものである。そのような支出を承認する本件委託契約の締結は、地方公共団体の出納長又は収入役は当該支出負担行為にかかる債務が確定していることを確認したうえでなければ支出をすることができないことを定める地方自治法二三二条の四に照らしても違法である。

また、地方自治法二条一三項は、地方公共団体が最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない旨を定めているところであり、本件の債務負担行為は同項の趣旨に反し、違法である。

原告らは、被告会社らの談合という不法行為の結果が被告事業団と被告日立製作所との各請負契約により前払金精算請求権を失うことにより損害となって実現した損害賠償請求権を主張するものであり、財務会計行為の違法をいうものではないと主張するが、前払金精算請求権の内容が不明確であることはさておくとしても、結局は談合により水増しされた費用の支払ひいては当該費用の支払額を確定させた債務負担行為が違法であり、これにより島田市に損害が発生するというものにほかならない。それはとりもなおさず委託契約ないしこれに基づく債務負担行為という財務会計行為に基いて島田市が損害を被ったということである。

詳論すると、原告らの主張する不法行為の成立のためには、島田市の違法、無効な財務会計行為が必要、不可欠であった。原告らは、不法行為の発生要件としての損害の額については、本件談合の結果形成された工事請負金額と、仮に談合が存在せず入札者間の競争が確保されたとすれば形成されるはずであった工事請負金額との差額を以て島田市が被った損害とみるべきであるとするが、被告事業団と被告日立製作所との請負契約締結時に当該契約の当事者でない島田市に損害が発生するはずもなく、島田市が談合の影響を受けて不当に高額に定められた請負契約の具体的金額に基いて支払を行うか、あるいは支払義務を確定させることが必要であるところ、島田市は年度実施協定ないしその変更協定によって委託金額を確定させ、また、被告事業団と協議の上で所要金額を承認してこれを被告事業団に支払うのであるから、島田市に損害が発生するためには、島田市の財務会計行為を経なければならず、このような財務会計行為がなされない限り島田市に損害が発生することはない。

原告らは入札談合によって形成された被告事業団と被告日立製作所との工事請負金額は島田市が事業団に対して終局的に負担すべき委託料にそのまま反映するから、直接発注の場合と同額の損害が島田市に発生するとし、財務会計行為を媒介せずに島田市に損害が発生したように主張するけれども、談合により工事金額が不当に高額に定められたのみでは島田市がその支払を被告事業団に対して負担すべきことが確定したとはいえず、談合に基いて受注調整がなされ、かつ、受注調整に関与したものにより談合により形成された価格で落札されて請負契約の締結がなされ、右のとおり、島田市が同契約による不正の債務を負担するに至ったことが必要である。

ハ 監査請求をする余地があった

原告らの主張によれば、被告会社らによる不当な取引制限により不当に高額な債務負担という損害が発生しているのであるから、右債務負担行為は違法であり、これに対して監査請求することも、また、その結果に不服がある場合には相応の住民訴訟、就中被告事業団らに対する不当利得返還請求あるいは損害賠償請求の住民訴訟を提起することができたはずである。こうして原告らは、島田市の委託料の支払額が不当に高いとのみ主張しておけば、監査請求の結果に不服で住民訴訟を提起した場合にも、当該委託料の支払は談合により不当に高くなっているから、当該行為の相手方である被告らに対して損害賠償請求することもできたはずである。なお、原告らは、被告事業団以外の被告会社らは島田市と直接契約関係に立つものではないから島田市の財務会計行為の相手方と把握する余地はないと主張するが、これは監査請求の範囲、対象と、それに包含される各請求権とを混同するもので正当ではない。住民訴訟の被告となるべき者は財務会計行為の直接の相手方に限定されず、地方公共団体が有する請求権の相手方であれば第三者でも差し支えないものである。

ニ 結論

以上のところからすると、監査請求期間は、右基本協定の締結日または平成四年度ないし平成六年度の各年度実施協定ないし各請負契約の締結を受けて支出が確定した日から進行すべきものである。

原告らが本件監査請求をしたのは平成七年一一月二七日である。原告らの主張する第一請負契約に係る損害賠償請求権の発生原因となる平成四年度の実施協定は平成四年七月九日に締結され、第一請負契約は同年一一月二六日に締結されている。第二請負契約に係る損害賠償請求権の発生原因となる平成五年度の実施協定は平成五年七月二日に締結され、第二請負契約は同年八月一七日に締結されている。第三請負契約に係る損害賠償請求権の発生原因となる平成六年度の実施協定は平成六年八月三一日に締結され、第三請負契約は平成六年一二月一九日に締結されている。

年度実施協定の変更契約日を考慮しても、平成四年度をみれば平成四年一〇月一九日から起算すべきである(平成五年一月二八日の変更協定は金額を減額したものであり、新たな違法行為はないから、これを起算日とする意味に乏しい。)し、平成五年度をみれば平成六年二月四日である(平成六年三月一六日は金額の変更はない。)し、平成六年度をみれば平成六年八月三一日ないし同年一〇月三一日である(平成七年六月二三日は減額しており、新たな違法行為はない。)。

いずれにしても地方自治法二四二条二項所定の一年の監査請求期間を経過しており、したがって、本件各請負契約に係る損害賠償請求権の代位行使にかかる本件訴えはいずれも適法な監査請求を経ていないものであり、不適法であるから訴えは却下されるべきである。

ホ 本訴と監査請求との同一性

原告らは、監査請求において被告らを不法行為者と主張していたが、本訴においては、被告会社らの談合担当者と被告事業団の工務部次長の行為を違法とし、被告会社らの民法七一五条に基づく責任を追及する。両者には同一性が欠ける。よって、本件の訴えはこの点においても適法な監査請求を経ないものとして不適法であるから却下されるべきである。

2  違法に怠る事実はない

地方自治法二四二条一項の予定する財産のうち債権は、その管理のために地方公共団体の長がとるべき措置の内容等に鑑みると、債権の発生、存続が明らかであり、かつ金額及び履行時期が特定されていることが必要である。ところが、原告らの主張する本件損害賠償請求権は、少なくともその金額が明らかではなく、かつ、その発生、存続が島田市にとって明確ではない。このように、発生したことすらはっきりしない債権を行使することを島田市に求めることは難きを強いるものである。原告らの主張する債権は島田市の管理の対象にはならない。

また、損害賠償請求権の不行使という怠る事実については、当該請求権の不行使の事実があれば直ちに違法な怠る事実に該当するわけではない。地方公共団体は、損害賠償請求権の行使について損害発生及び損害額の立証などその請求内容が認容される蓋然性等の事情を考慮して、いつ、いかなる形の債権の実行をするかは当該職員の裁量に委ねられている。平成五年の第二請負契約及び平成六年の第三請負契約では競争入札自体が行われていないので公正取引委員会の告発や課徴金の制裁もなく、島田市の監査においても本件各工事の契約金額は適法と判断されている。これらの工事については、被告事業団と被告日立製作所との間には随意契約による請負契約が締結されたものであり、入札の余地はない。従って談合ということもありえない。このように成立の余地のない請求権の行使を怠ることが違法であることもありえない。そうすると、島田市長が損害賠償請求していないのは適切な裁量権の行使であり、少なくとも島田市長に違法に怠る事実はない。本件の訴えは住民訴訟の要件を欠くものとして却下すべきである。

3  正当理由の具備の有無

イ 原告らは、島田市の住民は被告会社らが刑事事件の法廷で公訴事実を認めるまで監査請求に必要な資料を得ることができなかったから、監査請求期間を徒過しても止むを得ないとすべき正当な理由があると主張する。

ロ 地方自治法二四二条二項但書は、違法又は不当な財務会計行為が地方公共団体の住民に隠れて秘密裏になされたために監査請求をすることができないままに一年を経過し、その後はじめて違法又は不当であることが明らかになった場合等に監査請求の機会を与えないのは相当でないとの考慮に基いて定められたものである。その趣旨からすると、そこでいう正当な理由とは、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである。また、前述のとおり、監査請求をするに際して要求される違法若しくは不当な行為の特定は、当該監査請求が問題とする財務会計行為等を他の事項から区別して特定認識できることを以て足り、その限度を超える詳細な事実の摘示は必要ない。そうだとすると、右の意味において特定をするに必要かつ十分なだけの事実関係を知れば客観的に当該行為を知ることができたものということができるし、通常であればその時から一か月程度の期間があれば相当な手段を講ずることができると考えられる。

ハ 本件においては、平成六年七月ないし九月に談合疑惑の報道がなされ、その後も公正取引委員会の刑事告発、島田市等による指名停止、平成七年七月一二日に公正取引委員会が被告会社らに課徴金納付命令を発したこと等の報道がなされて四か月以上を経過した平成七年一一月二七日に監査請求がなされた。新聞報道等により談合の疑惑が明らかになれば住民としては当該行為が客観的にみて違法または不当であることを知ることができたものと言えるし、すでに多数の新聞報道がなされている事項について監査請求をしたからといって名誉毀損が問われるものではない。また監査請求に応じて監査委員の調査が行われるのであり、あらかじめ請求人らにおいてすべての資料を収集しておくことが法的に要求されているわけではない。そのような事情を考慮すると、本件の監査請求には期間を徒過したことに正当な理由があったものとはいえない。

四  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  法二四二条二項の適用はない

イ はじめに

原告らは、島田市が被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権という財産権を有しているところ、市長が右請求権の行使(すなわち公有財産管理)を怠っているので、右怠る事実の相手方たる被告らに対して、市を代位して損害賠償を請求するものである。特定の財務会計行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権をとりあげるものではない。このような怠る事実については、当該行為のあった日又は終わった日というものを観念し得ず、また、監査請求期間という概念は成立しないから、地方自治法二四二条二項の適用もない。

ロ 財務会計行為の効力にかかわらず損害賠償請求権は成立する

原告らは、被告らによる談合の影響が島田市の財務会計行為の効力に影響を与えた結果当該財務会計行為は無効、違法の瑕疵を帯びるから、そのことを理由とする監査請求をすれば十分であると主張するが、談合を理由とする損害賠償請求権は、財務会計行為が違法であることに基いて発生する請求権ではなく、財務会計行為の瑕疵の有無にかかわらず成立する。まして、両者が表裏一体の関係に立つものではない。談合を理由とする損害賠償請求権は、財務会計行為の違法を理由とする損害賠償請求権等とは要件、効果を異にし、独自の意義を有する。また、特定の財務会計行為の効力に触れることなく成立する請求権を主張するものであるから、財務会計行為の法的安定性を考慮した監査請求期間の制限の趣旨にも反しない。

本件で財務会計行為として取り上げることができるのは、本件基本協定及び年度実施協定の締結(支出負担行為)と同協定に定められた費用の支払(支出)である。被告らは、原告らが主張する損害賠償請求権が本件基本協定及び年度実施協定が違法、無効であることに基づくとするほかないと主張するが、島田市と被告事業団との間の本件基本協定及び年度実施協定は被告事業団と被告日立製作所との間の工事請負契約に先行して締結され、本件基本協定及び年度実施協定で合意されている費用の額は実際の工事請負契約の額を前提として設定されるものではないから、本件基本協定及び年度実施協定自体について違法、無効を論ずる余地はない。年度実施協定に従って前金払いされる費用についても、具体的な請負金額を前提としたものではなく、工事終了時に被告事業団から精算を受ける性質のものであり、かつ、そのような費用の支払方法が一般的に不合理とはいえないから、この点についても違法、無効を問題とする余地はない。結局、談合及びこれに対する加功という不法行為の影響を受けて請負金額が不当に高額に定まったとしても、被告事業団が年度終了時に島田市に対して適正に精算をすれば、これにより島田市には損害が生じないことに確定し、逆に被告事業団が精算をすることなく事業年度を経過すれば、島田市はもっぱら被告事業団を相手方として委託契約ないし年度実施協定上の精算義務の履行を請求することができることになるが、だからといって、談合及びこれに対する加功という共同不法行為に荷担した者の全部もしくは一部を相手方として損害賠償請求する権利が左右されるものではない。

また独占禁止法違反行為(不当な取引制限)を責任原因とする不法行為訴訟においては、被告とすべき者を取引の直接の相手方に限定する理由はなく、同法違反行為と損害との間に相当因果関係のあるかぎり取引の間接的な相手方に対しても損害賠償を請求できる。そして、島田市と被告事業団との間の年度実施協定と被告事業団と被告日立製作所との工事請負契約との間の差額は年度実施協定中に精算が予定されており、請負契約代金が高くなれば島田市が被告事業団に支払うべき委託料も高くなるから、請負契約が締結された時点で、その都度島田市に損害が発生し、相当因果関係が存在する。したがって、年度実施協定が適法でも請負契約の違法を理由として損害賠償請求ができる。

ハ 談合に影響された委託契約は違法ではあっても無効ではない

地方公共団体は、その事務を処理するにあたっては、最少の経費で最大の効果をあげるようにしなければならず(地方自治法二条一三項)、経費はその目的を達成するために必要、かつ、最少の限度を超えて出してはならない(地方財政法四条一項)。しかし、そこにいう必要かつ最少の限度は、第一次的には予算の執行権限を有する財務会計職員の社会的、政策的または経済的見地からする裁量に委ねられており、具体的な支出が当該事務の目的、効果と関連せず、又は社会通念に照らして目的、効果との均衡を著しく欠き、予算の執行権限を有する財務会計職員に与えられた裁量を逸脱してなされたものと認められるときにはじめて違法と評価されることがある。談合の結果落札価格は被告事業団が入札に先立って設定する予定価格に接近することになるが、予定価格を超えることはありえない。そして予定価格は、契約の目的となる物件又は役務について、取引の実例価格、需給の状況、履行の難易、数量の多寡、履行期間の長短を考慮して適正に定めなければならない(予算決算及び会計令八〇条二項参照)ものであるから、形成される価格がその範囲内にある限り当否の問題が生ずることはあっても違法であるとされることはない。なお、談合の結果成立した契約の私法上の行為といえども、当然に違法、無効となるものではなく、談合により工事請負金額が不当につり上げられ、その影響を受けて委託契約ないし年度実施協定が成立したという事情があったとしても、地方公共団体は詐欺等を理由として委託契約ないし年度実施協定の取消、解除を求めることができるに過ぎず、当然に委託契約ないし年度実施協定が無効となるわけではない。

損害賠償請求権が無効ではなくとも違法な何らかの財務会計行為に起因しているということはありうるが、そのような関係がある場合にはすべて当該財務会計行為がなされたときから監査請求権が計算されるとするのは不当である。

ニ 財務会計行為が無効でも責任追及に十分ではない

島田市の財務会計行為に無効の瑕疵があるとしても、契約の相手方たる被告事業団に対する不当利得返還請求権などの請求はできるが、被告事業団以外の被告会社らは直接の契約関係に立たず、その特定承継人でもないから、財務会計行為の相手方として責任追及することはできないが、だからといって契約の相手方とならなかった被告日立製作所以外の他の談合行為者が免責されてよいことにはならない。

ホ まして違法のみでは責任の追及に十分ではない

地方財政法の見地から違法を論ずる余地がある場合にも、その違法は債務負担行為をした長もしくは職員に対する損害賠償請求の原因となるだけで、契約の相手方に対する不当利得返還請求権や契約の履行としての支出行為をした職員に対する損害賠償請求の原因にならない。談合により委託料がつり上げられたとの違法を理由に損害賠償請求をするには、談合に固有の要件事実として、入札参加者相互の間に落札予定者を特定し、かつ、落札予定者以外の者は予定者の入札価格以下の札は入れない旨の合意とその合意の実施があったという要件の主張、立証を要するが、逆に談合がなければ落札価格は現実のそれよりも低下し得たということが立証されさえすれば、談合に関与した総ての者に対して損害賠償請求権が成立する。後者は前者とは表裏一体の関係には立たず、独自の意義を有する。同一の事実関係に基づいて発生する可能性のあるあらゆる請求権を一括して扱うような結果となる被告らの見解は相当ではない。

ヘ 事実不知の間は期間が進行しない

仮に被告らが主張するとおり、各年度実施協定等の財務会計行為の日から監査請求期間を計算すべきものだとしても、島田市が本件不法行為を知らず、事実上損害賠償請求権を行使できない間は監査請求期間は進行しないものと言うべきである。島田市は、本件において、新聞報道がなされ、刑事裁判が係属するまで談合の事実を知らなかったから、その間、監査請求期間は進行しなかった。

2  監査請求が遅れたことに正当な理由がある

原告らには申立期間を徒過したことについて正当な理由がある。すなわち、平成七年一一月二七日に申し立てられた本件監査請求に先き立ち、公正取引委員会の被告事業団を除く被告会社らに対する課徴金納付命令が同年七月一二日付でなされ、被告会社らは右命令の納付期限である九月一三日ころにいずれも課徴金の納付をしている。しかし、公正取引委員会による勧告審決の存在は勧告の応諾が社会的非難の回避などを動機としている場合には不法行為の成立に関する証拠にはならないのであり、本件では排除勧告を経由せずに課徴金納付命令が発せられているから、被告会社らが課徴金を納付したからといって不法行為が明らかになったことにはならない。しかも事案が独占禁止法違反という犯罪事実を公然指摘するものであるだけに、相当な証拠もないままに監査請求をすれば、名誉毀損との非難を受ける危険もある。たまたま関連の独占禁止法違反被告事件の平成七年一一月一〇日の公判期日において各被告会社が公訴事実を認めたので住民は不法行為の存在を知り、その一七日後に監査請求をすることが可能になった。監査請求期間を徒過したことには正当な理由がある。

3  違法に怠る事実の存在について

被告らは、原告らが主張する請求権が抽象的、あいまいであり、そのような請求権を行使するか否かについては地方公共団体に裁量があると主張した上で、これを主張しないことが違法に怠ることにはならない、とするが、失当である。地方公共団体の有する不法行為に基づく損害賠償請求権は地方自治法二三七条一項及び同法二四〇条一項にいう地方公共団体の財産ないし債権にあたるから、地方公共団体の長はこれを行使すべき義務を負い、行使するか否かの裁量の余地はない。ことに本件は、談合という独占禁止法三条、刑法九六条の三に該当する犯罪を原因とする損害賠償請求権であり、その行使に裁量の余地の入ろうはずがない。加えて、この点は損害賠償請求権が客観的に成立するか否かということであり、本案の問題に属する。

五  本案についての被告らの主張

1  被告らの談合について

否認する。公正取引委員会の課徴金納付命令は、公正な取引秩序を維持するためこれを侵害する危険のある取引制限的な行為を経済法の見地から排除するものであり、その対象は一定の取引分野における競争制限的な合意の存否であり、同命令により本件各工事をはじめとする被告事業団の発注する電気設備工事について被告会社らによる個々具体的な違反行為の存在が確定されたものではない。

2  各工事の受注

原告らが主張する各工事の受注の事実は認めるが、それが談合の結果であることは否認する。随意契約による処理物件においては談合はもとより原告らの主張する見積り合せなるものも行われる余地はない。下水処理場は全体として機能するようにコンピューターにより高度に制御され、システム化、一体化され、各下水処理場またはそこに設置されている機械に応じた個性を有する。したがって、継続工事を当初の工事と別の業者が施工すれば、施工上の困難、不経済、危険及び施工後のメインテナンスの不都合を伴う。これを随意契約により当初の工事業者と同一の業者に施工させれば右の困難は取り除かれ、工期の短縮、経費の節減、安全、円滑な施工の確保ができる。こうして被告事業団は昭和六一年から一機場一社の原則を採用している。

3  被告らの責任について

否認する。島田市と被告事業団との契約は委任契約ではなく、請負契約である。また、委託契約ないし年度実施協定には請負契約の方法についてなんら特約がないのであるから、被告事業団は業者との間の請負契約をどのように締結するかについて島田市にたいして法律上の義務を負担していない。競争入札等について定める日本下水道事業団会計規程は単なる一法人の内部規則であって、これに違反することが直ちに違法行為となるものではない。被告事業団が昭和六一年以前から採用していた一機場一社の原則には、施設の特性からいっても合理性がある。この原則のもとでは、指名競争入札によるか、随意契約によるかは、単純にその工事が新規工事であるか、継続工事であるかによって決められていた。地方公共団体の場合でさえ随意契約が違法であるとしても契約の相手方は当該契約が随意契約により得ないことを知り、または通常の業者であれば当然に知りうべき場合でないかぎり責任を負わないものと解されるところ、本件においては法令により競争入札に付すべき義務を負っていない被告事業団との請負契約においては、相手方である被告会社らが責任を負うことはない。また発注者側が地方財政法四条違反等の責任を問われ、請負人が関与している場合以外は、たとえ請負代金額が適正額より高額でも請負人は損害賠償責任を負わない。

4  島田市の損害について

本件基本協定の締結に際しては、建設省が定めた基準に則り被告事業団が作成した「工事費積算基準」等の客観的基準に従って適正に積算された設計金額から求められた予定価格以下でなければ契約できないことになっており、島田市は本件各工事の請負代金が適正であると認めて適法な手続を経て本件基本協定を締結したものである。したがって、島田市と被告事業団との本件基本協定の締結及び同協定に基づく支払いに違法はなく、かつ、損害の発生も観念できない。島田市と被告事業団との間で締結された各年度実施協定中の三条一項は、島田市が被告事業団に負担する請負契約代金を定め、同条二項は請負契約における事情変更の原則の特約を定めている。被告事業団が委託された工事の施工に右年度実施協定が明記する金額以上の費用を要した場合にも、その増加費用を当然に島田市に追加払いさせることができるものではない。こうして、第一請負契約はもとより、第二請負契約、第三請負契約についても、請負代金額は、被告事業団と被告日立製作所との合意に基づき島田市と被告事業団との間における本件基本協定による合意された事業費の範囲内で決定されるものである。したがって、受注調整の余地がないから損害を観念できず、しかも随意契約によるか指名競争入札によるかは被告事業団が独自に判断したものであるから、不法行為ともいえない。

島田市と被告事業団との間には、被告事業団が特定の方法で請負契約を締結すべきことなどを内容とする委任契約が存在するわけではない。また、本件基本協定には請負契約の方法について何ら定めがおかれていないのであるから、入札によるか随意契約によるかの決定及び下請負代金の決定について被告事業団が島田市に法律上及び契約上の義務を負うものではない。被告事業団の行う発注は事業団会計規程五五条により一定の場合を除き指名競争入札によるべきものとされているが、地方公共団体から委託された電気設備工事に関して指名競争入札を実施するか否かは事業団における内部的事項であり、必ず指名競争入札を実施すべき特約等は存在しないから、仮に被告事業団が同規程に違反しまた業務方法書に従わなかったとしても直ちに島田市に対する債務不履行になったり、島田市に損害が発生するものではない。また、継続工事は会計規程五五条四項による随意契約によることができる場合に該当する。随意契約により行われたものについては談合はもとより見積り合せの余地もないから、精算を行うべき必要性もなかった。実際、島田市は被告事業団に対する精算請求権を行使せず、また委託契約に係る取消、解除、無効等の事由が存在することを何等主張していない。

第三  証拠

本件記録中の、書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

第四  当裁判所の判断

事案に鑑み本案前の当事者の主張について判断する。

一  監査請求期間の徒過について

1  怠る事実の監査請求期間

一般に地方自治法(以下「法」と略記する。)二四二条一項所定の「怠る事実」については同条二項の適用がなく、当該怠る事実が存する限りいつでも監査請求できるものと解されるが、当該監査請求が、地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計行為が違法であるとし、当該行為が違法又は無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実にかかる請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条二項の規定を適用すべきである(最高裁昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻一号一二二頁)。

右のように解すべき理由は、法二四二条二項の規定により、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後にされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとしているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとするのは、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が失われるところにあると考えられる。

そうだとすると、実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実として監査請求がなされた場合には、当事者が、それが地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計行為が違法又は無効であることに基づいて発生する請求権であると主張すると否とに関わらず、客観的にそのような関係にあると認められる場合には、当該財務会計行為のあった日又は終わった日から監査請求期間を計算すべきことになる。

同じ理由により、特定の財務会計行為について監査請求期間を徒過したためにその違法、無効を論ずる余地がなくなった場合には、これを前提としてなされる後行の財務会計行為について、前者の違法性を承継しているとしてその違法を取り上げることは、後行の財務会計行為自体に独自の違法が存することを理由とする場合以外には許されないと解するべきである。そうでなければ、先行する財務会計行為について監査請求期間が経過したにもかかわらず、結局はその行為の効力等について穿鑿することを許すことになり、監査請求期間を制限した法の趣旨に反する。

2  独占禁止法違反行為に基づく損害賠償請求

独占禁止法違反事実があり、これにより損害を被ったと主張する者は不法行為を理由に損害賠償請求することが許される。この場合、損害の発生及びその数額は請求する者が主張、立証すべきである。本件においては、少なくとも、被告会社らの談合に基いて受注調整がなされ、かつ、受注調整に関与した被告日立製作所が談合により形成された価格で落札し、同価格で島田市と契約の締結がなされることなどにより島田市が談合に基いて受注調整がなされなかったならば負担したと認められる債務を超えて債務を負担したことを主張、立証することが必要である。原告らは、このうち損害額について、請負代金は談合がなければ談合がなされた場合に比して二〇パーセント程度低額に決まるのが通常であるから、島田市が被告事業団に支払った委託料総額の二〇パーセント相当額が損害であると主張している。これに対して被告らは、実際の請負代金額と競争入札がなされれば形成されたであろう想定請負代金額との差額を直ちに島田市の損害であるということはできず、請負の結果できあがった施設の評価額が島田市の負担した代金額に満たない場合にはじめてそのようにいえると主張する。

被告らの主張をも斟酌すると、原告らがその理由として挙げる事情をもってしては到底損害額の具体的な主張、立証があったとするに足りないというべきである。しかしながら、これは本案の問題であり、なお原告らに弁論の余地がないではない。そこで次に原告らの主張する損害の発生、就中談合と島田市の損害との因果関係について検討する。

3  独占禁止法違反行為と財務会計行為

右のとおり、被告会社らの談合により島田市が損害を被ったというためには、被告会社らの談合に基いて受注調整がなされ、かつ、受注調整に関与した被告日立製作所が談合により形成された価格で落札し、同価格で島田市との契約がなされることなどにより島田市が談合に基く受注調整がなされなかったならば負担したと認められる限度を超えて債務を負担したことが必要である。本件では、被告事業団は島田市と年度実施協定を締結し、年度実施協定に基づく義務を履行するために被告日立製作所等と請負契約を締結した上、請負工事が完成したときは島田市に目的物を引き渡すとともに精算報告をするのであるから、談合により違法な請負契約が締結され、これにより島田市が損害を被ったとすれば、委託契約ないし年度実施協定が締結され、その実行のために請負契約が締結され、島田市が精算報告を受けるまでの経緯を通じて損害が確定するとになると考えられる。

翻って、独占禁止法に違反する行為(談合)が違法であることはいうまでもなく、これにより形成された請負代金を容認して公金を支出することも、法二条一三条、地方財政法四条の趣旨等に照らして違法といわなくてはならない。そうだとすると、原告らは、談合という不法行為によって生じた損害の賠償を求めると主張するものの、その請求権の実質は、談合により受注調整が行われた結果締結された請負契約の金額が不当に高額であり、島田市が被告事業団との委託契約ないし年度実施協定に基きこの請負金額を容認して支払を確定させたという違法な財務会計行為に基いて発生した請求権にほかならない。

ところで、原告らは、島田市の損害は、被告事業団と被告日立製作所との各請負契約の締結により被告事業団が被告日立製作所に対し各契約所定の工事代金支払債務を負担し、島田市がその限度で被告事業団に対する前払金精算請求権を失ったことにより、被告事業団と被告日立製作所との間に請負契約が締結される都度、その時点で発生したと主張するが、そこでいう前払金精算請求権がいかなる性格の請求権であるかについては明らかにしない。しかし、先に掲げた当事者間に争いがないか証拠により容易に認めることのできる本件委託契約及び年度実施協定の趣旨からすると、原告らの主張する前払金精算請求権は、委託契約に基づいて予め被告事業団に交付される委託費用のうち実際に支出しなかったものは精算報告時に返還されるべきであるという趣旨に解することができる。右の意味においても、島田市が被告事業団に対して返還請求をなし得ない、すなわち、委託料のうち請負代金に相当する部分に余剰が生じた場合にも被告事業団はこれを手元に止めることができるということであれば、島田市には談合により余儀なくされた支出増加部分というものが生じないことになるから、そもそも談合により島田市に損害が発生したということはできず、原告らの請求は理由のないことに帰する(被告事業団は、本案についてそのように主張する。)。原告らは当初、島田市は、被告事業団との委託契約ないし年度実施協定に基いて、被告事業団に対し、適正な手続を履践し、適正な価格による工事請負契約を締結、遂行することを求める権利を有しているが、被告事業団には、自らの会計規定に従った競争入札を施行する意思がなく、工事価格を引き下げる努力を当初から放棄していた、と主張していたところであり、島田市が委託契約ないし年度実施協定に基くいかなる返還請求権も存在しないとまで主張するものではないと解しうる。とはいえ、本件の委託契約ないし年度実施協定によっても、被告事業団は請負契約を締結した場合にはその概要を島田市に告知する義務を負うことにはなっているものの、請負契約の内容について島田市が容喙する余地を認める定めは見いだせない。また、精算報告も、請負額、実施協定に際し算定した事務所維持費、管理諸費に基いてなすべきことは定めるものの、島田市がその内容について諾否を決めることができるとする趣旨を読みとることができない。

以上のところを勘案すると、委託契約ないし年度実施協定の実行のために被告事業団と被告日立製作所との請負契約が締結され、島田市が被告事業団から工事完成に伴う精算報告を受ける経緯を通じて損害が確定すると考えられるものの、本件基本協定及び年度実施協定の性質、就中精算報告の性質からすると、損害の発生という意味に貧いては工事完成に伴う精算報告には特別の意味はなく、原告らの損害発生時点に関する主張をも斟酌すると、年度実施協定の締結された日、遅くとも年度実施協定において予定されていた請負契約における契約金額が確定した日をもって「当該行為のあつた日又は終わつた日」(法二四二条二項)と考えるのが相当である。

4  本件における監査請求期間の考え方

前項に判断したところからすると、本件訴訟については、平成四年度ないし平成六年度の各委託契約ないし各年度実施協定が締結された日から進行すべきものであり、遅くとも第一請負契約ないし第三請負契約が締結されたときには損害が発生したものとして、本件監査請求はそのときから一年以内になされるべきものであったということができる。各年度実施協定及び各請負契約が締結された日は先に判示したとおりである。そうすると、各年度実権協定を基準とすれば、本件監査請求はいずれにしてもその時から一年を経過した後になされたことが明らかである。また、各請負契約を基準とすれば、本件監査請求のうち第一請負契約にかかる部分は一年を経過した後になされたことが明らかであり、第二請負契約にかかる部分についても、その当初契約から一年を経過した後になされたことが明らかである。それらは、適法な監査請求を経ていないことになる。

ところで、原告らは、本件訴えのうち第二請負契約及び第三請負契約にかかる部分については、談合の実践として被告会社らが、求められても本命業者に不利な見積もりをするなどの干渉を相互に避けることを合意していたとの事情を主張するのみで、他に独自の違法等を主張しない。先に述べたとおり、当該財務会計行為そのものについて違法性がないが先行する原因行為としての財務会計行為に違法性がある場合には先行行為と一体としてみるべきだから、第二請負契約及び第三請負契約にかかる損害賠償請求権も、遡って第一工事にかかる年度実施協定に基いて発生したものと同一視して差し支えない。実質的に住民監査請求及び住民訴訟制度の趣旨、目的という観点から見ても、遅くとも第一請負契約の際に談合の事実を知れば、島田市としては直ちに適切な措置をとることが可能であり、第二請負契約、第三請負契約にかかる違法な結果を未然に防ぐこともできたはずであるし、また、既に先行する第一請負契約について監査請求期間が徒過しているのに、これとは別に後の財務会計行為について監査請求期間を認める余地はないものというべきである。そうだとすると、第二請負契約にかかる部分だけでなく、第三請負契約にかかる部分についても第一請負契約にかかる本件訴えの部分と運命をともにし、独自に監査請求をする余地はないものとすべきである。

原告らは、事実不知の間は監査請求期間が進行しないと主張するけれども、財務会計行為の違法は客観的に評価すべきものであり、島田市の特定の職員や住民の知不知に関わらないものと解するべきであるから理由がない。

二  正当な理由の有無

1  法二四二条二項本文が監査請求期間を定め、かつ、当該行為のあった日又は終わった日という客観的な時を始期としたのは、監査請求の対象となる財務会計行為は地方公共団体の職員の行為であるから、たとえそれが違法、不当なものであったとしても、これをいつまでも住民において争い得るものとしておくことは好ましくないとの考慮に立ったものと解される。そうだとすると、同条項但書にいう「正当な理由」も右の趣旨に即して解決すべきものであり、住民が知ると否とに関わらず当該財務会計行為の日をもって監査請求期間の始期としておきながら、住民が知り得なかったとの事情をもって容易に監査請求期間を遵守できなかった正当の理由と認めることは背理である。結局、「正当な理由」が認められるのは当該財務会計行為がことさら秘密裏になされたという場合等に限られることになり、その上で、地方公共団体の住民が相当の注意をもって調査すれば客観的にみて当該行為を知ることができたといえるかどうか、また監査請求が当該行為を知ることができたと認められるときから相当な期間内になされたかどうかによって判断すべきこととなる(最高裁昭和六三年四月二二日判決・判例時報一二八〇号六三頁)。

2  本件についてみると、委託契約の内容、金額などが特に秘密にされていたことを窺わせる証拠はない。もっとも、本件で財務会計行為の違法を結果する事情としての談合は、その性質上被告事業団及び被告会社ら以外のものには容易に知ることができなかったことも明らかである。そうだとすると、財務会計行為の日又は終わった日から一年以内に監査請求をすることを求めるのはやや酷に失するとも考えられる。

しかしそれにしても、争いのない事実等に照らせば、平成六年九月に本件談合疑惑の報道がなされ、その後も公正取引委員会の刑事告発や島田市等による指名停止の報道がなされ、さらに平成七年七月一二日に公正取引委員会が被告会社らに課徴金納付命令を発した等の報道がなされたこと、そして、遅くとも平成七年七月二四日には島田浄化センターが課徴金納付命令にかかる談合に関わる工事対象であることが公正取引委員会審査部を介して一般の弁護士にも容易に知られる事情になっていたことが明らかであり、このことに、いずれにせよ原告らは不当に高額な委託料の支払を非難するものであり、委託契約ないし年度実施協定又は請負契約の価格の高低という明確な指標が当初から与えられていたことを総合すると、第一請負契約の日から三年、第二請負契約の日から二年以上、課徴金納付命令がなされた時から計算しても四か月以上を経過した平成七年一一月二七日になされた本件監査請求については、監査請求期間の徒過に正当な理由がある場合にあたるとはいえない。

3  原告らは、関連する刑事事件の公判手続の結果をみなければ監査請求すべきか否か決断がつかないとか、名誉毀損の非難をおそれたとかという趣旨の主張をするけれども、前者は住民訴訟における証明の難易をいうものであり、期間徒過について正当な理由とすべき事情にあたるものではないし、後者については、すでにことがらが多数の新聞によって報道されていること、事実の摘示が監査請求手続にかかるものであること、さらに監査委員の調査が予定されていること等を考慮すれば、一般的に監査請求すべきか否かの判断を困難にする事情とはいえないから、これも期間徒過の正当事由と認めることはできない。

以上から原告らの主張は採用できない。

三  結論

よって、本件訴えはいずれも適法な監査請求を経由しない不適法なものであるから、本案の判断をするまでもなくこれを却下すべきであり、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官曽我大三郎 裁判官今村和彦 裁判官杉本宏之)

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